海外農業研修サポートプログラムに参加して
掲載日:2020.04.15
農食環境学群 循環農学類 3年 久米睦子
英語版の報告書はこちら(Report in English)
始めに
私は2年生の春休み中の2020年2月4日から3月24日までの50日間、カナダのケベック州カプサンテ(Cap-sante)にあるFerme Jacobs(ジェイコブス牧場)で実習させてもらうことができました。本来は4月4日までの滞在予定でしたが、コロナウイルス流行の影響で急遽帰国が決定しました。実習期間が短くなってしまったとはいえ、この50日間はどの日もとても楽しく、濃く、充実した日々となりました。
この研修に参加しようと思った理由は、乳牛の共進会が好きな私に多くの酪農家さんから北米の乳牛は素晴らしいと言われカナダの牛群に興味があったこと、北海道よりも寒いカナダの冬の酪農について知りたかったこと、また卒業後に長期海外実習に行こうと考えているので海外実習とはどのようなものなのか体験したかったため、です。そして、北海道アルバータ酪農科学技術交流協会様から奨学金を頂けることは私の背中を強く後押してくれました。
実習先
私の実習先であるFerme Jacobsは130頭のつなぎ牛舎と100頭程度のフレッシュが主なフリーバーン牛舎で搾乳しています。秋に新たにロボット牛舎が完成予定のため、フリーバーン牛舎は日々増頭中です。そのためフレッシュがメインですが、分娩後半年経っている牛、つなぎ牛舎で足の調子が悪い牛等々も混ざっていました。牧場では家族4人(経営者のイザベルと弟のヤン、両親2人)と従業員6人の計10人が働いていました。このうちフルタイムで働いているのは7人でイザベルと彼女の両親は仔牛の哺乳、人手が足りないときの機械仕事、牧場経営・事務仕事が主でした。また従業員6人のうちカナダ人2人(勤続15年目、3年目)とスイス人1人(勤続3年目)は週1回、週2回の休みを交互に取得していて、残り3人のグアテマラ人は合意書にサインしたうえで週7日勤務でした。(カナダでは合意書にサインすると合法的に週7日勤務が可能)。この牧場では勤務時間をタイムカードで記録しており、また本人が希望した場合休日出勤や1週間の休暇を取得することが可能でした。
イザベルの旦那さん(タイラー)は自分で別の牧場を経営しており、Ferme Jacobsでは働いていませんでした。夫婦2人でそれぞれ別々の牧場を経営しているのはとても面白いなと感じました。また理由を聞くと、カナダの酪農はクオーター制であることや夫婦喧嘩を避けるためだと笑いながら教えてくれました。
哺乳室と外の育成舎、育成・ドライ牛舎の牛移動は何ヶ月齢の牛はここ、というおおよその目安はありますが、牛の頭数によって移動時期が変わることもあるそうです。また外の仔牛は寒さに晒されていますが、中にいる仔牛よりも下痢などの体調不良が圧倒的に少なく、たまに外に移動したての仔牛が体調を崩す程度でした。外にいるほうが体調は良いということにとても驚きました。以前は生後3日目から外にいたそうですが、諸般の事情により哺乳室に移動せざるを得なくなったそうです。その結果下痢になる仔牛が増えて試行錯誤していました。
グアテマラ人
牧場で働いていたグアテマラ人はどの人もとても陽気で、搾乳中にスピーカーでラテン音楽を流して踊ったり歌ったりしながら搾っていたのが印象的でした。仕事をここまで楽しみながら出来るのはすごいと思いました。
私が面白いと感じたことはグアテマラ人達の出稼ぎシステムです。最長1年間カナダで働いた後、一度グアテマラに戻り、再度カナダに働きに来ることが可能だそうで、グアテマラ人の1人はFerme Jacobsで計6年働いていて、他の従業員さん達からとても頼りにされていました。
また、この牧場に働きに来るグアテマラ人達はスペイン語しか話せない場合が多いのですが、フランス語とスペイン語が似ていることもあり、他のカナダ人の従業員さん達は皆スペイン語で彼らと会話していました。(スイスもフランス語は公用語の一つ)
ちなみに、スペイン語の基本を理解するとフランス語を話す人にとってはスペイン語を理解することは容易だそうですが、スペイン語を話す人がフランス語を理解することは少々難しいそうです。フランス語とスペイン語は似ていてもフランス語のほうが複雑なようです。
私のイメージとしては日本では雇用主が中国語やベトナム語をわざわざ話すということはなかなかないと思うので、もちろん言葉がフランス語とスペイン語ほど似ていないということもあるかと思いますが、お互い同じ言葉で意思疎通が出来るのはとても良いことだなと感じました。
少し話が逸れますが、ケベック州では英語で授業を行う学校とフランス語で授業を行う学校があるそうで、イザベルの子供達は英語、ヤンの子供達はフランス語の小学校に通っていました。そのためイザベルの子供達と話をすることは容易でしたが、ヤンの子供達と話をすることはとても難しかったです。小さいときからバイリンガルなのは環境が異なると頭で理解していてもすごいなと思いました。
コミュニケーション
出発前は行き先がケベック州だということもあり、英語とフランス語の世界が待っていると想像していましたが、着いてみれば私にとっては英語とスペイン語の世界で正直驚きました。聞けばケベック州の多くの牧場でグアテマラ人達が働きに来ているとのことでした。外国人を雇うのはどの国も同じなのかなと思いました。
英語に関しては思っていた以上に全く問題なく意思疎通ができ、スペイン語も英語と少し似ている部分があるなと感じました。フランス語は2ヶ月の間に1単語も理解できるようになりませんでしたが、英語と少しのスペイン語で問題なく生活できるのだなと思いました。
グアテマラ人達はとてもフレンドリーでこちらが理解していなくともとにかく理解するまで話しかけてきてくれて、この2ヶ月近くの間に私の中のスペイン語はかなり成長したと思います。相手が理解するまで母国語で強行突破するのは日本人ではなかなかないことだなと思いましたが、どうにかして理解してもらいたいという強い気持ちを持つのはとても大切だなと感じました。なぜなら結果として何となくでも相手の言いたいことを理解することが出来たからです。また、言葉の上達にはとにかく沢山会話することが近道なのだなと改めて感じました。この言葉はあのとき使っていたからここでも使えるのかな、という感じで使ってみて実際に通じたときはとても嬉しかったです。
牧場の人達は母語がフランス語で従業員の人達とはフランス語かスペイン語での会話が主であったこともあり、たまに英語ではなくスペイン語であの仕事して、と言い間違えられたのは良い思い出です。
実習内容・日々の生活
6:00 屋内・屋外の育成餌やり
ミルクタクシーで屋外、哺乳室の仔牛に哺乳
屋内の育成の寝床除糞
つなぎ牛舎の飼槽前通路・通路掃除
フレッシュ牛群搾乳場所の掃除
10:15 朝食・休憩
11:30 毛刈り又は哺乳室の掃除や仔牛移動
15:30 軽食・休憩
16:00 屋内・屋外の育成餌やり
ミルクタクシーで屋外、哺乳室の仔牛に哺乳
ショウカウのブラッシング
時間がある時は屋外の育成ハッチの水槽掃除
19:00 つなぎ牛舎とフレッシュ牛舎の餌寄せ
フレッシュ牛舎の柵開け・搾乳場所の掃除
搾乳場所にいる牛(乾乳直前又は治療牛)に餌と麦稈を足す
20:00 作業終了
月曜日から土曜日が上記の流れで、日曜日は日中の仕事が休みでした。また時々イザベルが夕食に招待してくださったり、スキーに彼女とヤンの子供達と一緒に連れて行ってもらったりしました。
子供達は牧場が大好きなようで、学校終わりに遊びに来たり、休日に仕事を少し手伝ったりと、とても楽しそうにしていました。
私はこの2ヶ月間2人のグアテマラ人と同居していました。家の中は常にスペイン語で食事も毎日美味しいグアテマラ料理を頂いていました。彼らは料理好きで人に食べてもらうことが大好きだったので自分で料理をすることはほとんどありませんでした。(たまに朝サンドイッチを作るくらい)
1週間に1回程度仕事終わりに買い物に行く日があり、買い物の後閉店直前のマクドナルドに滑り込むことがとても楽しみでした。近所(車で15分程度)のマクドナルドは平日が21時30分、休日が22時閉店で、よく閉店時間前(最大で30分前)に営業終了していたこともあり、マクドナルドには中々ありつけませんでした。
カナダでは道幅が広いことや見通しが良いことから、制限速度が90km/h であったり、信号機が街中のみで郊外にはなかったりしたことに驚きました。
ケベック州を含むカナダの多くの州でサマータイムが導入されており、3月8日午前2時に1時間早くなりました。前日に誰も話題にしなかったことや、まさか8日という中途半端な日にサマータイムが導入されるとは想像もしていなかったのでその日の朝はとても困惑していました。朝作業に行くとミルクタクシーが牛乳を殺菌中で時間表示が私のスマートフォンの時間より1時間遅く、外も暗いのです。はじめはミルクタクシーが故障したのかと思いましたが、自分の腕時計とタクシーの時間は異なっておらず、また他の人達も普段通りに仕事をしていたので今日はエイプリルフールだったかしらと疑心暗鬼になりました。作業が終わり家に戻りグーグルで検索してみると昨晩がサマータイム導入日だったのです。このことが実習中1番のカルチャーショックとなりました。
学んだこと
とにかく牛の状態をどの人も細かく見ているなということが非常に印象に残っています。ただ歩いているのではなく蹄が伸びていないか、粘液が出ていないか、しっかり喰い込めているか、調子悪そうにしていないか、などを皆が常に気にしていました。牛の異常を早期発見し、即対処していたので牧場で獣医さんを見かけることはほぼありませんでした。私は異常を見落としていることがあり他の人に言われて初めて気が付いたことが何回かありとても悔しかったです。また、気付いていたのに「即対処」が出来ておらず、結果として仔牛の状態が悪くなってしまったこともあり、この悪い癖は直さなければならないと強く感じました。これらの経験は今後に活かしていきたいと思います。
牛の状態をよく観察しているのは日中だけに限らず20時の全体の仕事終了後も続いていました。21時30分以降に一度(グアテマラ人)、深夜12時以降に再度(ヤンが12時から2時頃の間どこか起きた時間で)餌押しやスタンチョンのロックがかかっていないか、産みそうな牛がいないか、など牛舎の見回りをしていました。産みそうな牛がいた場合は仔牛が生まれるまで30分おきに牛舎に確認しに行っていました。そのため分娩事故は滅多にありませんでしたが、分娩が長引いたときはそのまま朝の作業に入ることもあるそうで、この牧場はとにかく牛ファーストな人達の集まりだなと感じました。
また、日常観察だけではなく牛体を綺麗に保つことにも非常に力を入れていました。皆何かの仕事前や仕事終わりにつなぎの糞落としをしていたので糞まみれの牛は1頭もいませんでした。今まで私は糞落としを後回しにしがちだったのでこれからは頻度を増やそうと思いました。
カナダの冬は-30℃を下回ることもあり、どの建物も気密性が高く屋内は常に5℃程度に保たれていました。そのため屋内の牛は常に毛刈りされ、売りに出される牛や見学者が来る場合にはまれに屋内で牛洗いが行われることもありました。外にいる育成牛は頭と肩のみ毛刈りされており、これは北海道でも可能だなと思いました。そして見学者が来るときは牛洗いだけでなく、つなぎの牛全ての尻尾洗いや、体格審査前の全頭乳房の毛刈りなどが行われていました。この牧場のほぼ全ての牛がとても大人しいのは人との関りが多いことが影響しているのかなと思いました。
COVID-19
私の出発時点ではコロナウイルスはまだまだ流行り始めで何事もなく出国することができました。このときはコロナウイルスが世界中に広がるとは考えてもみませんでした。しかし帰国直前には牧場でも必ずアルコール消毒をして手袋を着用してから作業をする、買い物は牧場の代表者1人が全員分まとめて買ってくる、など状況はどんどん悪化しているのだなと感じていました。また他の州から帰ってきた人は2週間の自主隔離を行っており、その人が抜けても大丈夫な体制がきちんと出来上がっていることにも驚きを感じました。
また、実習中に体調を崩し病院に行ったときは入り口で警備員さんのような人が全ての人が入る時と出る時にアルコール消毒をしているか確認していました。また待合室も椅子がそれぞれ1メートル以上離して置かれ、6人掛けのベンチは距離を空けて2人しか座れないようにガムテープで間の椅子が閉じられていました。
コロナウイルスとは関係ありませんが、病院ではフランス語を話す人がほとんどだったので、私が英語しか話せないということでわざわざ英語を話せるお医者さんが色々と説明しに来てくださいました。翻訳機ではなく私がきちんと理解出来ているか確認しながら説明してくださったのはとても嬉しかったです。
話を戻しますが、ケベック州では海外からの帰国者しか感染者がいない状況で全ての学校の長期休校が決定し、どの場所でも対人距離を気にかけるなど、対応の早さと危機感が強く伝わってきました。日本に帰国して帰宅する間に見かけた日本人の対人距離の近さや一部の友人が遠出している様子など危機感のなさが疑われる行動に、これからより感染が広がるのではないかととても大きな不安に襲われました。早くコロナウイルスが終息し、皆が健康になることを願います。
まとめ
カナダでの実習は想像以上に楽しく面白いことに満ち溢れていて、沢山のことを学ぶことができました。牧場の人達からまた戻ってきてねと言ってもらえたのはとても嬉しかったですし、卒業後にまたカナダに行くことが出来ると思うと今からワクワクが止まりません。また沢山のことを学べるように残り2年間の大学生活で沢山の知識と技術を身に付け、少しスペイン語も勉強してみようかなと考えています。
最後にこのような素晴らしい機会を下さった北海道アルバータ酪農科学技術交流協会の皆様、受け入れて下さったFerme Jacobsの皆様、関わって下さった全ての皆様に心より厚く御礼申し上げます。
番外編
最後までお読み下さってありがとうございます。