海外農業研修報告書(国際農業者交流協会・スイス)

掲載日:2020.11.19

循環農学類4年 葛巻勇哉

1.1年間の流れ

  1. 2019年3月11日出国
  2. 3月中はドイツ・ドレスデンという街にある語学学校にて学ぶ
  3. 4月1日より、ついに農家に移り実際に仕事がスタート
  4. 6月末に3日間ドイツ研修生と、スイス研修生がスイス・Langnau im Emmontalに集い、それぞれの研修の近況を報告する会合が開催された
  5. 研修生ごとに夏旅行期間が設けられており、私は9月上旬に10日間イタリア旅行
  6. 11月に2週間スイスの家政学校(Palottis in Schiers Grabünden)に通い、スイス文化について学ぶ
  7. 2月に有休を使い、5日間オーストリア旅行
  8. 2月末、ついに研修終了。その後、スイスでアグリインプルスを交え最終会合、ドイツ語での研修報告会が開催された
  9. 3月に10日間、研修生ごとに最終旅行期間設けられており、私はヨーロッパ4か国を旅行
  10. 2020年3月12日帰国

2.語学学校

ついに海外生活が始まり、何もかも初めてでカルチャーショックが大きかったことが印象的です。街並みが綺麗、コンビニが無い、トイレの高さが高い、日曜日は全くお店が開いていないなど様々なことがありました。語学学校はオランダ国境近くということもありトイレは非常に高く、立ちのところが使えず、便座に座ったことを今でも覚えています。

授業は、座学で文法等の授業もありましたが皆で交流し、会話するタイプの授業が多かったように感じます。正直、ついて行け無いことや、ついて行くのに必死なことがありました。交流授業でもついて行くのに必死で、口数が少なく状況把握、語彙理解を行っていると、私が全く喋らないので先生にいじめられているのかと本気で心配されることもありました。この時にジェスチャーの大切さ、とにかく必死に伝えようとすることの大切さを 学びました。

食事は食堂で3食用意してくれるのですが、ドイツ料理が本当に美味しく毎日の楽しみでした。また、学校内にBARがありそこで夜はお酒を飲めるのですが、たまにそこでお酒をみんな で飲むのも楽しみのひとつでした。さらに韓国の方々と仲良くなり、韓国文化、日本文化、ドイツのことなどを様々なことを語り合うことが出来ました。韓国の方々は、本当に勉強熱心で一緒にドイツ語の勉強をすることで良い影響を受けることが出来ました。慣れないことも多くありましたが、様々な方々の協力もあり乗り切ることができました。語学学校の頃は、時差もありましたが、日本にいる方にほぼ毎日電話をし話を聞いてもらっていました。感謝しかありません。

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語学学校寮部屋

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ケルン(語学学校休日)

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語学学校・朝食

3.研修の成果 ※作業内容及び学んだことについて

<農家概要>

農家の概要は、牧草地24.5ha、果樹約300本、搾乳牛34頭、育成牛11頭、子牛6頭、繁殖豚44頭、子豚250頭、種豚1頭と、牛、豚、果樹(リンゴ、シュベチケン、サクランボ)の複合農家です。

1日の作業時間は11時間〜12時間で、1日のサイクルとしては、朝5時半に搾乳・エサやり開始、搾乳機洗浄終了後、7時40分に朝食をとります。8時5分から牛床清掃・牛舎清掃・エサやり・豚舎清掃を行い決まって行われるルーティーンは終わり、その後日によって異なる作業を行います。12時から12時50分まで昼食をとりその後休憩に入ります。休憩終了の後、16時まで再び、日によって異なる作業を行います。16時からはエサやり、牛床清掃を行い、17時から17時20分で夕食をとります。17時30分から搾乳開始・エサやり・牛床清掃・搾乳機洗浄を行いおおよそ19時40分前後に全て終了します。

さすが、時計の国というだけあって1日の時間のズレはほとんどありません。乾草収穫時期は、天候に左右されるためズレたり遅くなってしまうこともありましたが、それ以外でのズレは10分くらいであり、とても規則正しい生活でした。スイスでは、朝と夜は軽食(パン・チーズ)で済まし、昼食が暖かなものを食べます。朝と夜が軽食な分、昼食は豪華でありナイフ・フォークを使い食べます。しかし、夕食が17時と早く軽食なこともあり夜は正直お腹が空くこともありました。

また、食事のひとコマをとっても全く異なり、初めは箸の使えない幼児のようでしたが教えていただきながらなんとか身に付きました。これはこれでとても面白い経験でした。個人 的に驚いているのが、研修が開始されてある程度経つと、昼食を除き、食べるものも変わらず、1日の時間のリズムも変わらないため、トイレに行く時間・回数も同じになるほど規則正しい生活だったこと、研修開始2か月半を過ぎた頃に運動量やストレスもあったと思いますが68kgあった体重が58kgと10kg低下したことです。

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搾乳牛への生草給餌

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日曜日プチホームパーティにお呼ばれ

<合理化・近代化と人の心の豊かさ>

実際スイス酪農・畜産等、農業の近代化が進んでいるかというと見方にもよりますが、機械的な部分で日本より進んでいるとは言い難いと感じました。スイス農家の所得に占める補助金の割合は6割を超え、酪農の減少率が高い山間部の酪農家の補助金はさらに高く、伝統を重んじているところが多いことな度が合理化、近代化が進んでいない理由のひとつだと考えています。

また、スイスの大衆的な考え方として経営や技術がどれほど近代化し、合理化していてもその反面日常の暮らし、人の心が豊かでなければ、それは良いものとはいえない、ということです。人の心が豊かであり、暮らしがあってこその働き、仕事ということです。そのため、酪農家や、私の研修先のように複合農家であっても夏と冬に1-2週間の休みを取りバケーションを楽しみます。それは研修生の私であっても特別扱いではなくしっかり休みをいただいておりました。私の場合仕事の都合上、9月上旬、3月上旬ではあるものの10日間のバケーション期間をいただき、9月はイタリア、3月はヨーロッパ4か国を旅行することが出来ました。とても良いリフレッシュでした。さらにヨーロッパでは、基本的に日曜日は休みの日であり、特にスイスはその色が強く本当に日曜日は休みの日でありスーパーやお店というお店全て休みでした。酪農家であっても搾乳、給餌等の基本的な作業以外は行うことはありませんでした。お店で唯一開いているというと、空港内のお店などであり、スーパー等は平日であっても19時くらいには閉まり、コンビニ文化もない為24時間営業しているところなど考えることもできませんでした。

では、営業していない日、時間は何をしているのか、不便ではないのか、ということが疑問です。まず何をしているのかは、家族、大切な人、自分の時間に使っており、中でもスイスは至るところに丘や山があり自然が豊かなため、よく散歩やピクニックをしていました。また、家では本を読んだり、遊んだりしていました。次に不便ではないか、ということですが、確かに便利か不便かという二者択一だけで比べると日本人の私にとって初めの頃はすごく不便であり、もどかしい日々が続きました。しかし、研修が始まり2か月くらいたった頃ふと、これは不便という考え方で終わって良いのかという疑問を抱くようになりました。考えた末、今まで本当の意味で家族や大切な人、自分にとって有意義な時間を使えていたかというと、全然使えていなかったと思います。私もそうでしたが、日本でそういう方が多いように感じます。なぜなら、人にもよりますが様々なことが便利になり過ぎており、暇な時間があってもなんでもできます。それにより、人の心の豊かさがあってこその便利さ、近代化、合理化というのを見失っているように感じるからです。これは、世界幸福度ランキング2020において、世界3位のスイスと世界63位の日本の差につながっているのではないかと考えます。したがって、これは酪農、農業だけに関することだけではありませんが、人の心の豊かさがあってこその合理化、近代化が大切だということを感じました。

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ミラノ

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モンサンミッシェル

<動物保護>

スイスは、言わずと知れたアニマルウェルフェア大国であり、世界で最も厳しい動物保護法や、世界一動物に優しい国と言われています。動物保護法には「動物を扱うときは、動物の尊厳、つまり生来の価値を尊重しなければならない」と記されています。具体的にどのようなことがあったかいくつか例をあげたいと思います。まず、除角や去勢の際は、麻酔をすることが義務付けられています。下の写真は豚の去勢の写真ですが、子豚を麻酔器にセットし、逆さにした後、麻酔がかかったところを去勢します。覚醒は麻酔器から外され2-3分で自然になされます。次に動物の輸送についてEU内では動物を最大24時間輸送できますが、スイスは車中8時間、路上6時間が上限とされていました。

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豚去勢の際の麻酔

さらに下の写真は左から研修先の繋ぎ飼い牛舎、地域の共進会、牛のイベントの際の牛の待機場の写真です。特にそれぞれの敷料に注目していただきたいですが、全て藁でありその量はとても多いことがわかります。敷料についても取り決めがなされ、量など日本と大きく異なっており、牛の飛節スコアを見ても一目瞭然で、これからも動物保護の徹底が窺えます。また、年に1度か2度朝突然、検査員から電話が来て、その当日農家に突然、訪問しに来ます。そして様々な項目が守られているか検査し、その際の評価により補助金にも影響が出ます。さらにペットでは、 犬にマイクロチップの埋め込みが義務付けられ、犬保有税等があります。これらはごく一部ですがスイスでは様々取り決めがなされています。

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研修先牛舎

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地域の共進会

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スイス・牛イベント

今回、スイスで実際に研修を行い感じた事は、動物を飼育する上で日本もスイスも動物に対する想いは一緒だと言うことです。日本での実習や見学等を通し学んだ事、スイスでの研修や様々な農家の方との交流で、スイスであっても日本であっても動物を苦しめようと飼育している人は誰ひとりとしていないと思います。皆、少しでも動物のためになるよう日々勉強を重ね試行錯誤を繰り返しながら飼育しています。そのため動物に対する想いは日本も遜色ありません。ただし、スイスは実際に制度化など形にしており、そういった部分での差は浮き彫りになっていると感じました。
現に日本も近年、欧州発のアニマルウェルフェアが騒がれており、それはそれで素晴らしいものだと感じていますが、日本も想いには遜色がないため欧州のものを使うだけでなく、さらに考えを深め、形にし世界的に発信していって良い、していくべきだと考えております。事によると日本で行われていることの方が動物のためになると感じる部分もありました。また、どちらにも言えますが、文化の違い等により欧州で合うことが日本で合わない部分もある、その逆もあるからです。

しかし、動物との関わりが全くない方や、社会的な理解といった部分では差を感じました。これは少し極端かもしれませんが、2018年スイスで牛の除角が動物の福祉に反するとして、除角しない農家に補助金を支給する案が国民投票にかけられました。結局、反対54.7%で否決されましたが、このように国全体で動物に関して考えることに意味があると感じました。また、バスや、電車などの公共交通機関ではペットがケージなしで乗ること、レストランやお店に犬などペットを連れて入ることもできます。全て見習えと言うわけではありませんが、動物に対する社会的な理解や、社会全体で考えることが広がっていけば良いなと考えております。

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ステイ先の子供と遊ぶ

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毎日の放牧

4.まとめ

今回の研修を通して「人の心が豊かであってこその生活」だということを強く感じました。今後はこれを忘れずに生活して行きたいと考えています。
上記でも少し触れましたが、研修のみならず休みの日は様々な場所に訪れることが出来ました。どの国も日本と文化が異なり、その国独自の文化に戸惑うこともありましたが、とても自分にとってよい勉強となりました。また、ヨーロッパに行きたいとも思うことも出来ました。

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アルプス山脈・ゼンティス山・山頂

5.今後の進路または現況

現在は復学し、酪農学園大学の4年生として学んでいます。畜産衛生学研究室に所属し、中でも私は母牛周産期や、子牛飼養管理について学んでおり、初乳や初乳中免疫グロブリンG、子牛に対する乳酸菌製剤について取り組んでいます。

今後の進路は、クラウド牛群管理システムや、センサーなどに取り組んでいる企業に内定を頂いており、来年4月より入社予定です。日本では、酪農家や畜産家は特に動物相手であり肉体的に厳しく、休みなく労働時間が長いと言うイメージがあります。現に一般社団法人中央酪農会議によると、平成29年度の酪農経営主年間平均休業日は17.7日、労働時間は3080時間と全産業従事者の1.7倍以上というのが現実です。先に述べた、スイス農家では普通の考え方であるバケーションと週休1日などほど遠いものであります。スイスは、その考え方が普通ということ、収入源の平均6割強が補助金であり、個人であっても研修生等の労働力を雇い、決して全ての農家で金銭的に余裕があるというわけではありませんが実現していました。
このような形を日本で実現するというのはなかなか厳しいものがありますが、動物に対するIoTセンサー等のIoAや、AIを用いることで少しでも酪農家や畜産家の労働省力化、労働時間の短縮に繋げて行きたいと考えています。さらに、ペットや様々な動物のIoA分野が発展して行けばと考えています。今後も学び怠ることなく、より人の心が豊かとなり、さらに「人」だけでなく、「動物」、「自然」の全てがより良くなるために活動していきたいと考えています。

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ドイツ・フランクフルト
帰国の際、日本人研修生集合

6.謝辞

出国前から現地いる際にかけて、様々な面からご支援いただいた大学関係者の方々に深く感謝しております。ありがとうございました。