フィンドレー大学 ベーシック・アニマルハンドリングプログラム2024年度報告書(林 真那さん)
掲載日:2025.04.28
獣医学類 4年 林 真那
【はじめに】
私は2025年3月18日から4月9日までの3週間、アメリカ合衆国オハイオ州にあるフィンドレー大学にて、ベーシック・アニマルハンドリングプログラムに参加しました。農業高校時代の留学もコロナの影響で全てオンラインであったため、ようやく海外渡航が叶うこの機会を楽しみにしていました。生産動物獣医師を目指すにあたり、海外のやり方・考え方を自身の目で見て学び、日本の獣医療・畜産業の発展に貢献するためのヒントを探すため、本研修に参加しました。学内農場での実習の他、学外施設へも見学に行き、動物を間に挟んで多くの人から学びを得ました。
【活動内容 学内農場】
〈Western Farm〉月・火7:00~10:00
最初はフィンドレー大学生たちにそれぞれ付いて馬房掃除を行い、それから彼らの乗馬を見学しました。9:00頃からは先生方に付き、日替わりの実習を行いました。主な実習について記述します。
薬剤の経口投与では、初産馬への乳房発達促進剤や、胃腸が弱い馬への整腸剤などを投与しました。先生が見せてくれた薬剤には、フルニキシンメグルミン(非ステロイド系抗炎症薬。馬の消炎鎮痛剤)やデキサメサゾン(ステロイド系抗炎症薬)など聞き覚えのある名前があり、薬理の教科書をもう一度見直さねばと思いました。
装蹄師とhorse dentistが来る日は、それぞれの作業を見学しました。削蹄は、蹄鉄の有無はもちろんのこと、蹄の伸びる速度(ターンオーバーは12ヶ月だそうです)、立ち方の癖なども考慮するそうです。Horse dentistとveterinarianの免許の違いについて尋ねたところ、日本ではveterinarianが歯科治療もしなければなりませんが、アメリカでは州によって違うそうです。Veterinarianの免許だけの州もあれば、ここオハイオ州のようにhorse dentistが独立した免許の州もあります。他の動物種も診るのかと聞くと、彼の場合はequine(ウマ科)だけを診るそうで、この前はラクダを治療した、シマウマはまだ診てないと話してくれました。
馬へ筋肉注射をする機会もありました。アセチル-D-グルコサミン (N-アセチルグルコサミン)、ポリグリカン、アデクアン(関節内ポリスルフェイティドアミノグリカン)の3種類があり、関節炎治療・予防のため週に1度投与するそうです。バイアルを逆さにして薬剤を吸うこと、シリンジ内の気泡を抜くこと、体表に直角に刺すこと、逆血が来ないか確認すること、無理に押し込まず筋肉内に広がっていく速度に従って注入すること…。麻酔の授業で習ったことが頭の中に蘇りました。
〈English Farm〉水・金7:00~10:00
ここでは先生方に付くことはなく、フィンドレー大学の学生たちに付いて厩舎掃除や給餌、馬の簡単な手入れを行いました。その後は学生たちが乗馬練習する様子を見学していました。通常の鞍での練習の後、裸馬での練習もあったのは新鮮でした。Western Farmと比べると、こちらの馬がかなり大きいことが改めてわかります。馬術競技でよくイメージする障害飛越はEnglish styleになります。声かけやタイミングの測り方などが重要であると見ていて学びました。
〈Equine Handling Class by Dr. Hass〉火12:00~13:30
馬のバンテージとラッピングについて学びました。患部の衛生的保護以外にも、衝撃からの保護、競技用など、馬は様々な目的で肢をラッピングされます。クッション素材を使ったラッピングとポロ競技用のラッピングを実践しましたが、適度に圧をかけながら正しい位置に巻くのには少し苦労しました。伴侶動物臨床学実習の科目で習った犬猫のバンテージと似た部分がありました。
馬の採血では、頸静脈から、シリンジと真空採血管の2種類を使って採りました。頸静脈を怒張させると血管の張りを目視でも触知でも確認できましたが、馬は筋肉質な分、羊・山羊よりも難しいと感じました。ゆっくり刺入すると血管を押して逃してしまうため、躊躇せず刺すことがポイントの1つだと言われました。うまく血管に入っていなくても、針を引き抜かずに(真空採血管は特に引き抜くと真空ではなくなるため)血管にうまく入る位置を探ります。苦戦する人もいましたが、私は幸運にも割とスムーズにでき、血液が勢いよく採血管に入ってくると安堵と達成感を覚えました。
体格・肢の角度・歩様の評価も学びました。細かいことかもしれませんが、競走馬の能力を測るには重要な指標となります。
〈Food Animal Class by Dr. Flores〉月・水12:00~13:30
座学では動物のバイタルサイン(体温、心拍数、呼吸数、行動異常、跛行など)から疾病の兆候を見抜くこと、そしてどう治療するかについての話を聞きました。専門用語が多くありましたが、全体的な内容は既に今までの3年間で習ってきたことであったため、記憶の底から引き出しながら理解しようと努めました。その後は羊と山羊のTPR(Temperature体温、Pulse心拍数、Respiration呼吸数)を測定しました。
採血について、最初の座学では血液成分や採血管の種類、採血の仕方や留意点、血液検査の意義などの話がありました。採血管の種類も日本と同じです。畜舎に移動してからは羊・山羊の採血を行いました。頸静脈から、シリンジと真空採血管の両方で採りました。
豚の去勢は、日本と同じく生後2週間で行います。切開、摘出、消毒と、私が高校で行ったものと手順は同じでした。縫合は行わず、自然に塞がるのに任せます。他にも鉄剤投与やワクチン接種、断尾など、子豚のうちはやることが多いですが、健康のため、良質な肉の生産のためには日本でもアメリカでも必要なことでした。
〈Swine Production Class by Dr. Whitaker〉木8:00~9:30
肥育豚の市場での評価基準についての学習では、体重、脂肪や筋肉の量、見た目、関節の角度などを見ました。一通りの説明が終わった後、実際に豚房に移動して2頭を比べてみました。ぱっと見では判断しづらく、フィンドレー大学の学生たちに助けてもらいながら行いました。日本では豚枝肉取引規格がありますが、アメリカの基準は少々異なります。総合的に見てどちらの価値が高いか、また特定の評価基準が重要視されている理由など、各々で考えてくる課題も課されました。
養豚のスケジュール管理についての学習もありました。豚は基本all in all out(一群を一斉に導入、一斉に出荷)です。肥育各段階での損失を考慮し、最終的に希望の出荷頭数を確保できるように繁殖群を構成します。妊娠期間・分娩間隔・年間産子数・肥育日数・生存率などを考え、実際に色々と計算してみました。経営とはこういうことなのだと改めて考えさせられました。
【活動内容 学外施設】
〈馬の救護施設〉
アメリカでは馬はペットとしての需要が高いですが、飼育放棄や虐待などの問題も多くあります。この施設は、そのように飼い主が手放した馬を引き取り、場合によっては新たな譲渡先を探しています。飼育員の他に、数名の獣医師、ボランティアなども働いているそうです。調教、治療、栄養管理され健康な馬が多かったですが、前の飼い主から十分な飼料を与えられなかったために痩せこけた馬もいました。疾病について質問したところ、馬回虫、脊髄寄生虫、不正咬合が問題でした。また、糖分過剰摂取(おやつを多く与えられていたなど)のために糖尿病、骨異常を起こしているという問題は、ペットならではであると感じました。
〈トレド動物園〉
海洋生物コーナーの裏側では、温度管理された多くの水槽で様々な海洋生物が飼育されていました。アマゾンの奥地など世界中の色々な地域から集められているそうです。
動物病院では、獣医の先生が案内してくれました。X線やCT室、組織サンプルの検査室、手術室、病理解剖室などがありました。より高度な分析などは、大学など外部機関と連携して行っているそうです。3名の獣医師で何種類もの園内全ての動物を診ているそうで、獣医師が相手にしなければならない動物種の多さに改めて大変さを感じました。動物は本能的に弱っていることを隠そうとします。特に群れで生活する動物は疾病の兆候を見つけるのが難しいという話を聞き、それは牛など生産動物にも言えることで、獣医療のキーポイントだと思いました。
〈動物愛護センター〉
ここは犬猫を保護し、避妊・去勢手術を済ませ、譲渡先を探している施設です。ドアを開けると、塩素系消毒液の匂いがまず感じられました。このような施設はもっと獣臭いと予想していたので、衛生管理にかなり気を遣っていることが匂いでわかりました。職員の方が施設内を案内してくれました。ブランケットやフォークリフト(飼料袋その他重いものの運搬用)など、多くのものが寄付によってまかなわれているそうです。また、動物の保安官の話を聞くこともできました。日本にはない役職で、大変興味を引かれました。ここオハイオ州では、動物愛護センターと動物の保安官は一緒に活動しているらしく、保護活動を行うには法の睨みを利かせられる鬼に金棒のような心強い存在です。保安官曰く、動物虐待が疑われる家庭には、子供や老人への虐待もないかチェックし、報告する義務があるするそうです。そのように動物だけでなく人を守ることにも広げられるとは、新しい視点をもらいました。
〈Blanchard Valley Veterinary Clinic〉
ペット向けのクリニックで、犬猫からウサギ、鳥類、爬虫類、両生類、様々なペットを診るそうです。ロビーでは壁の写真(白黒)や部屋の色調を動物にストレスの少ないようにしていました。診察室、手術台、血液や尿検査機器、X線や超音波機器、入院ケージ、伝染病用の隔離室などを見せてもらいました。いろいろ質問してお話を聞くことができました。院長の奥様は獣医ソーシャルワーカーで、飼い方やペットロスなど飼い主に寄り添うことがメインの仕事です。日本にはない資格で、新鮮なお話でした。とても興味深く、有意義な時間でした。
〈ホースセラピー施設Challenged Champions〉
セラピーの計画を立て実行するセラピスト、馬の労働時間などを管理する役の人などで回されていました。馬はショーなどの騒々しい環境もストレスになりますが、このセラピーも多大なストレスがかかるそうです。両脇にガイドが付き、前から引かれ、上には馬術にはほぼ素人である患者が乗ります。馬に無理をさせないよう、1日の労働時間や労働年数を定めているそうです。ここでは馬を通してphysical、mental、emotionalの3つを総合的にケアするそうです。馬に乗ると体幹はじめ全身の筋肉を使いますし、ブラッシングだけでも腕の筋肉を大きく使います。身体的な障碍だけでなく、ADHDやPTSDなどの精神疾患にも効果があることを学びました。
〈酪農場Ohio Heifer Center〉
フィンドレー大学の畜産の先生が連れて行ってくれました。道中、飼料や牛の品種のこと、畜産物のこと、飼料自給率のこと、飼料栽培地域のこと、気候と牛の健康の関係、人々の需要と生産者側の供給バランス、戦争や貿易などの世界情勢がもたらす畜産への影響など、日本とアメリカの畜産について話をしました。自分が興味のあることを、この国はどうなのだと聞いてみることがこんなに楽しいとは思いませんでした。
車を降りると、まずバンカーサイロが目に入り、その大きさに驚きました。ここには搾乳牛800~900頭、乾乳まで合わせると1200頭程度、プラス哺乳牛や育成牛がいました。規模は大きいですが、機械化が進んでおり16台の搾乳ロボットや餌押しロボットなどが動いていました。また、この農場は種雄牛や性選別精液、遺伝子検査、受精卵移植などに力を入れていました。専属獣医師からは、防疫対策やよく見る疾病など様々な興味深いお話を聞けました。日本ではこうだがアメリカではどうなのかという質問をたくさんしました。畜産や獣医療の基礎知識がある分理解しやすかったです。本当に楽しく、日本との共通点や相違点を色々と見つけられました。
〈VCA Westerville East Animal Hospital〉
日本と同じく小動物の病院が数多くあるアメリカでは、集客戦略として専門性を極めており、この病院では手術の技術を高めています。歯科治療、X線検査、腹部手術後の抜糸、関節炎の手術、水中ウォーキング(理学療法)などを見学し、補助もさせてもらいました。時にはその場で飼い主に電話し、病状を説明し治療の承諾を得ていました。画像などでの診断から治療、アフターケアまで一通り見て、緊張感のある中にも動物への思いやりと気遣いを感じました。
【ホームステイ】
2泊3日のホームステイでは、学生のMadieの家にお世話になりました。ウェストヴァージニア州の彼女の実家まで、約4時間のドライブでした。ちょうど彼女の誕生日にあたったため、親戚の方々ともパーティーで話すことができました。いきなりこんな大勢に会うとは思っておらずびっくりしましたが、彼らは温かく家族の輪に入れてくれました。買い物や外食などしながら、深い話をすることができました。ジョン・デンバーの名曲カントリー・ロードが好きな私にお母さんがくれたプレゼントは、一生の宝物です。
【その他】
フィンドレー大学生たちとは、スケートや斧投げをして遊んだり、ハンバーガーを食べに行ったりと、交流を深めました。Bowling Green州立大学で開催されたCherry Blossom Festivalにも行きました。日本文化体験として、ステージでは日本の歌、空手、太鼓、ダンスなどが披露され、体験コーナーでは折り紙、かるた、輪投げ、茶道、浴衣着付け、和菓子作りなどがありました。私たちはいなり寿司やせんべいをつまみながら折り紙を教えました。会場にいた多くのアメリカ人の人々も出し物や体験に興味津々で、喜びと同時に自国の文化を誇りに思いました。
フィンドレー大学の日本語の先生方には、スーパーや様々なレストランに連れて行っていただき、アメリカの文化を色々と体験させていただきました。物価や品揃え、味付けなど、細かいところでアメリカを感じる楽しい機会でした。
【終わりに】
全体を通して、高校の畜産学の授業で習ったこと、大学の獣医学の授業で習ったことと結びつけた深い学びができました。土地の広さ、気温、湿度、飼料、衛生管理、社会環境など様々な条件が違うことを肌で体感し、その結果として現れる動物の体格、性質、畜産物としての品質、人間への影響の違いを分析できました。ただ、動物に接する人々の真剣なまなざしとあふれる笑顔は、共通するものがありました。
海外を実際に見ることで、日本との違い、長所と短所、改善しようとしている点、人々の努力や工夫が見えました。そこに日本の現状を照らし合わせ、長所を世界に広め短所を改善して自国をもっと発展させたいと思っています。今回体験したことを今後の勉強につなげるとともに、将来自分が出る臨床現場で必要とされていることも身に付けられるような学びを深めていきたいです。