2024年度 海外農業研修サポートプログラム報告書

掲載日:2025.04.23

2024年度 海外農業研修サポートプログラム報告書

獣医学群 獣医学類 4年 鳥渕一彩(Kazusa Toribuchi)

 

  1. はじめに

このたび、カナダ・アルバータ州にある酪農家での研修プログラムに約6週間参加し、現地の酪農の実際や家族経営の在り方、カナダならではの持続可能な農業への取り組みについて学ぶ貴重な機会をいただきました。
本プログラムでは、乳牛の飼養形態や管理方法を実地で学ぶとともに、現地の文化や生活に触れ、英語でのコミュニケーション能力を高めること、そして日本の酪農現場との違いを知ることを目的として参加しました。
本報告書では、研修中の活動内容や学び、感じたことについてご報告いたします。

 

  1. 滞在先について

私が滞在したのは、アルバータ州のPicture Butteという町に位置する家族経営のVandendool Farmです。農場では、ホルスタイン種を中心に約400頭の乳牛が飼育されており、周囲は広大な畑に囲まれていました。

農場では、経営者のマイクをはじめ、息子のオースティン、弟のピーター、そして従業員のピート、ヨハン、ハリーの6人が働いていました。ホストファミリーは、マイク(父)、メル(母)、オースティン(長男28)、クロエ(長女17)、ライダー(次男12)の5人家族で、オースティンは妻と3人の子どもたちと共に、農場の向かいの家で暮らしていました。

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事務所の入り口

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農場の犬 ステラ

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農場の猫 キティ

  1. 研修内容

まず、1日の作業内容を表で紹介します。

〇1日の作業内容

時間帯

内容

6:00

自動哺乳ロボットの管理、雄子牛の人工哺乳(一週間で出荷)、TMR作成と給餌、自動搾乳ロボットの洗浄、ストールベッドの調整、蹄浴(木曜日に実施)

8:00

治療、繁殖検診、人工授精、そのほか曜日ごとの作業

10:00

コーヒータイム、休憩

10:30

牛の移動、コンバインやトラクターの整備等

12:00

昼休憩

15:00

コーヒータイム

15:30

自動哺乳ロボットの管理、雄子牛の人工哺乳、自動搾乳ロボットの洗浄、ストールベッドの調整、人工授精

18:00

作業終了

 

農場ではマイクを中心にロボットの洗浄や掃除、獣医との繁殖検診などすべての作業手順や管理方法について教えてもらいました。搾乳ロボットが導入されており、最大で9頭の牛を同時に搾乳することが可能な体制が整えられていました。ロボットによる自動搾乳システムの活用により、効率的かつ衛生的な搾乳が行われており、作業負担の軽減にも大きく貢献していました。また、雌子牛の管理にはコンピューターシステムが活用されており、個体ごとの哺乳量や健康状態がデジタル上で把握されていました。哺乳は人口哺乳により行われており、規則的で適切な飼育管理が徹底されていました。

滞在当初は、牛舎の配置や日々の作業の流れが把握できず、6週間の研修を無事にやり遂げられるのか不安を感じていました。作業中には従業員同士で専門用語が飛び交い、会話の内容や指示の意図が理解できない場面も多々ありましたが、その都度、言い換えやゆっくりとした説明をしてくれて、その優しさに支えられながら少しずつ環境に慣れていくことができました。

滞在から1週間ほどが経過した頃には、搾乳ロボットの洗浄や雄子牛の哺乳といった日常的な業務を任されるようになり、責任のある仕事に対して多少の緊張もありましたが、やりがいを感じながら積極的に取り組みました。マイクからは「やってみるか?」とたびたび声をかけていただき、削蹄やワクチン接種などにも挑戦する機会を得ることができましたが、うまくできない時は、自身の知識や技術の未熟さを実感しとても悔しかったです。同時に、今後日本に戻ってからさらに深めていきたい課題や学びの方向性を明確にすることができました。

 

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栄養士アダムによるパーティクルセパレーターを用いた飼料分析

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餌寄せロボット

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分娩後のケトン体チェック

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削蹄の様子
外から移動してきた育成牛の削蹄や簡単な蹄治療をしていました

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 蹄浴(毎週木曜日に実施)

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給餌担当ピートのTMR給与
搾乳牛と乾乳牛、育成牛では餌の配合量が異なるので4回に分けて給餌していました

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牛舎の中
左右にみえる青いのは搾乳ロボット

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子宮炎の治療プロトコール

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子牛の哺乳トレーニング

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子牛を飼育する牛舎

また、牛の健康状態に対する日常的な観察と迅速な対応が徹底されており、治療目的で獣医師を呼ぶ必要はありませんでした。毎週火曜日には、繁殖検診のために獣医師のメリッサが農場を訪問しており、私は妊娠鑑定に同行させていただきました。リアルタイムで映し出されるエコー画像を確認しながら、卵胞、黄体、子宮、胎児などの繁殖に関わる基本的な解剖学的構造について、丁寧に説明を受け、非常に有意義な学びの場となりました。

さらに別日には、メリッサの往診に同行し、3軒の酪農家を訪問しました。カナダでは、一人の獣医師が広範な地域をカバーしており、長距離移動が日常的であることや、個体診療よりも繁殖検診や群管理を重視する傾向があることが印象的でした。メリッサは週2日は生産動物、残りの3日は犬猫など小動物の診療も行っており、このように幅広く活躍する獣医師の働き方にも大きな関心を持ちました。

 

私はハードヘルス学研究室に所属しており、教室の活動の一環として、牛の繁殖サイクルにあわせた管理に取り組んでいます。具体的には、分娩後のフレッシュチェックとして、体温測定やケトン体の確認、産道損傷の有無の評価などを日常的に行っています。今回の研修では、そうした教室での知識と経験を現地で実践する機会があり、日本での経験が生かされたと感じました。また、早期発見・早期対応によって牛の負担を最小限に抑えることができる健康管理体制の重要性が現場を通じて体感することができました。マイクは、日常的な牛の観察や気配りが自然とできるようになることがいい牛群につながると教えてくれました。

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メリッサの往診車両

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妊娠鑑定のエコー画像

3月初旬には、レッドディアで開催された「Western Canadian Dairy Seminar 2025(WCDS)」に連れて行っていただきました。規模の大きなセミナーに参加し、英語の聞き取りには苦労したものの、スライドを頼りに多岐にわたる内容はとても興味深かったです。会場では、久冨さんに声をかけていただき、アルバータ大学の大場先生をはじめ、日本から参加されていた獣医師や酪農家の方々ともお会いすることができました。久冨さんは、北海道で飼料会社の勤務、酪農コンサルタントをされたのち、アルバータ大学で栄養学の修士を取得し、現在はエドモントンを拠点に仕事をされているエネルギッシュな女性の方です。カナダで日本の方々と出会えるとは思っていなかったため、驚きとともに、嬉しいひとときでした。セミナー後にはホストファミリーと軽い懇親会に参加した後、日本人の皆さんと一緒にメキシコ料理店で食事を楽しみました。

その際、久冨さんから大学見学や牧場視察の提案をいただき、帰国の1週間前に2泊3日の「南アルバータ酪農ツアー」に同行させていただくことになりました。さらに、久冨さんの知人で、現在カルガリーでワーキングホリデー中の佐藤さんもツアーに参加され、当日が初対面とは思えないほど打ち解けた時間を過ごすことができました。移動中の車内では、お二人の仕事や人生についての話をたくさん聞くことができ、とても刺激的で学びの多い時間となりました。

 

ツアー1日目は、私の滞在先である農場を見学したあと、南アルバータで栄養士として働くダークの兄弟が経営する「Decoy Holsteins」「Nifera Holsteins」、そして「Ridgeview Dairy」を訪問しました。

2日目には、カルガリー大学のキャンパスを見学したあと、「Wendon Holsteins」、さらに飼料の生産と輸出を手がける「Barr-Ag」を視察しました。

どの牧場も清潔に保たれており、牛がとても丁寧に扱われている様子が印象的でした。また、それぞれの牧場オーナーがしっかりとした理念を持ち、それに基づいて合理的に経営されている点にも感銘を受けました。「Barr-Ag」では、輸出用の飼料を準備・積み込みする工程や、これまで見たことのないほど大きなスタックサイロを間近で見ることができ、日本ではなかなか経験できない貴重な体験となりました。このツアーを通じて、カナダの酪農業の多様性やスケールの大きさを改めて感じるとともに、人との出会いやつながりの大切さを実感することができました。

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カルガリー大学のキャンパス見学; 
左から私、佐藤さん、キャンパスを紹介してくれたポスドクの方、久冨さん

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Barr-Agのスタックサイロ

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WCDSの様子

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栄養士のダーク; 
訪問した農場のデータ紹介

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WENDONの家でいただいた
ズッキーニチョコレートケーキ

 

4.カナダでの生活

2週間に一度の週末休みには、ライダーが所属する地域チームのホッケー観戦や礼拝、観光、親戚の誕生日パーティー、4Hのスピーチコンテスト、バンケットなど、さまざまなイベントに連れて行ってもらいました。そのほかにも、地元で開催されるオークションや、従業員ヨハンの両親が営むヤギ農場、礼拝で知り合った方のフィードロット(肥育牛の農場)の見学など、貴重な体験をたくさんしました。滞在中は、日本のお米が恋しくなることもありましたが、初めてのカナダ料理やオランダ料理を楽しむことができ、食の面でも新しい発見がありました。また、家事は子どもたちが積極的に行っており、私も一緒に食器を片づけたり洗濯を手伝うたびに「ありがとう」と声をかけてくれ、家族の一員として迎えてもらえていることを実感し、とても温かい気持ちになりました。

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クロエと共進会の練習

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ウォータートン国立公園に生息する野生の羊

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カナダの郷土料理プーティン

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アイスホッケーの試合

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毎週日曜日に参加した教会

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15,000頭規模のフィードロット見学

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ヤギの搾乳

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手作りの誕生日ケーキ

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オースティンの長男ジャクソンと飼育されている子ヤギ

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オークション

5. 学んだこと・気づき

この研修を通じて、酪農に対する理解が深まっただけでなく、「グローバルな視点」や「文化の違いを超えた交流の大切さ」、そして「現地の言語を使って意思疎通する力」の重要性を実感しました。

南アルバータ州での酪農現場を訪問して、家族経営を基盤としながらも、機械化によって高い労働効率が実現されていることを強く実感しました。特に搾乳ロボットの導入により、牛へのストレスを最小限に抑え、省力化を図ることで、他の業務に割く時間の余裕が生まれ、家族との時間も大切にされている点が印象的です。滞在先の農場では、週末になると子どもやいとこが作業を手伝い、家族全員で農場を支える理想的な形がみられました。また、作業場には、曜日ごとの作業内容や治療方法に関するプロトコールが明確に掲示されており、誰が担当しても一定の基準で業務を円滑に進められる仕組みが整っていました。このような環境のもと、従業員一人ひとりが安定したスキルを身につけている様子がうかがえました。

さらに、家族経営という形態でありながら、経営管理のデジタル化が進んでおり、個体ごとの健康状態や生産量がデータとして記録・管理されていたことにも驚きました。効率性と正確性を両立させたスタイルは、これからの酪農経営において参考になりました。

また、日本の酪農は、北海道と本州でそれぞれ地域に根差した特色ある形態をとっており、海外の農場を訪問するにあたっては、質問されても答えられるように、まず自国の酪農について十分に理解しておくことの重要性を実感しました。

研修の最終日には、オースティンから「カナダで一番恋しく思うのは何?」と聞かれ、私は迷わず「ホストファミリー」と答えました。すると彼は笑いながら「牛じゃないんだね。いつでも遊びにおいでよ。」と言ってくれ、その言葉がとても心に残りました。それほどまでに、ホストファミリーの存在は私にとってこの研修で得た何よりの宝物となりました。どのような場面においても、従業員や家族同士のコミュニケーションが活発で、酪農を楽しむ姿が印象的であり、今回の研修で最も心に残っています。今後の学びや将来の進路においても、今回の貴重な経験を活かしていきたいと考えています。

 

最後に、本研修にあたってご支援・ご協力を賜りました、北海道アルバータ酪農科学技術交流協会の皆様、酪農学園大学国際交流課の皆様、研究室の先生方、送り出してくれた家族、プログラムに関わってくださった皆様、そして温かく受け入れてくださったホストファミリーに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

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ホストファミリーとの記念写真